無口な女の子

3月11日

みなさん、きいて。アテネフランセで5月30日、『君と別れて』かかるんだって!(この間の講演の後『楽しみと日々』をめくってみたら、ちゃんと「小旅行」のこと、書いてありました)とにかく忘れないように。


5月のおわり、わたしは何をする人ぞ。以下、めずらしく近況。とにかく今は、期間限定ではあるものの環境変化にくたびれつつ、過去の精算をしているような(と、勝手に思い込んでいる)日々。でも、学ぶことは大きい。小麦粉風味かつその子のお家のオーヴンの香りの染み付いたかわいらしいクッキーが「さあ、召し上がってね」とテーブルに敷き詰められたりするところにいて、失われた日々を取り戻しています。(しかし、最高にかわいい女の子!わたしはそっとみとれたりもするのです)でもまあともかく、わたしはわたしね。お星様にお祈り。すてきな不良になれますように。お祈りだけじゃあダメですけれどね。5月のおわりにはこの日々も切り上げにしたいと暗中模索中。その時にはもっと今の話がしたい。そのくらい、毎日が冒険と発見です。でもゼイタクなことに、その前には大好きな3月と4月がわたしをまっている。大好きな下北沢オーラで春のワンピースを買って、大好きなSOX TROTでお花が一杯ついたソックスをあつめなくっちゃね。大好きがいっぱいでいい毎日ですこと。


そう、それから、5月には瀬田なつき監督の作品が上野の森でかかるのだそうです。この間の最終日に飛び込んだ『娘ごころ』は、帰り道がスキップと駆け足になるような素晴らしい作品でした。帰り道の井の頭線の長いエスカレータは全部2段とばしでした。高揚した。グウッときてラーと倒れる自転車(グラッ!とくるのではなくて、グウッときてから空気の重みに抵抗するような間のある倒れ方をするのです。あの「自転車」は)それから、果物の落ちる音、真夜中の寄宿舎と布団の音、引き出し。学校から支給されているのであろう綿のピロケースに無防備にのっかったあの小さな顔に浮かぶ「ほてり」はどうやってとられたものなのだろう。フィルムに焼きつけて観せてくれてありがとうございます、というような気持ちになりました。お家のこちらをカメラはなぞり、角を折れたところで眼前に披露される「新しい家族」の姿は、首筋を半紙でスウッと撫でられたような感触で、言葉に置き換えるのが難しい、新しい気持ちをわたしの中に教えてくれました。沢山の余白を残しておいてくれる映画、こういう映画が大好きだ。